「隣人の描きかた」
〇作品名 「アイヌ図(神仙図)」
〇作者 早坂文嶺(1797~1867)
〇大きさ 49.5cm×28cm
〇素材 紙本彩色
〇制作年 不明
〇所蔵先 函館市中央図書館
弓を持っているから狩りの途中なのだろう。犬を連れたアイヌの男性が植物をストローにして水を飲む様子が素朴なタッチで軽快に描かれている。着物が左前であったり、眉がつながっていたりという従来のアイヌ絵の表現は踏襲しているが、誇張があるようには見えない。「一休み」とでも題名をつけたいくらいだ。ただ、もし狩りに出ているのだとしたら裸足なのはおかしい。すねあてくらいあってもいい。この絵は「神仙図」ともよばれる。神仙とは仙人のことだから、和人と違うアイヌの生活をやや俗世を離れたものとして憧れをこめて捉えたのかもしれない。
早坂文嶺は現在の山形市旅籠町に生まれ、父は表具師であり義川斎定信と号する絵師だった。蝦夷地に渡り絵師として活動。アイヌ絵を中心に少なくとも三十点以上の作品を残している。アイヌ語で紳士や貴人を意味するニシパに漢字をあてた「二司馬」を落款として用いている(※1)。作品は他のアイヌ絵から題材を借りたものも多いが、この絵のように類例のないオリジナルらしき画題もある。器物はあまり詳細に描いていない(※2)。
裸足のようなおよそ現実感のない表現もあるが、この絵だけを見たときに露骨な差別意識や誇張は読み取りにくい。文嶺の他の絵にはこの絵のように描き込まずにさらっと描いているものもある。しかし一本になった眉や左前、どんぐり眼などパターン化されたアイヌ絵の形式を踏襲しているものも多い。また他の絵では北斎漫画を用いて制作した可能性も指摘されており、文嶺とアイヌの交流がどれほどのものだったかはわからない(※3)。ましてや文嶺がアイヌに何を思って絵を描いたのかは見当もつかない。
(※1)新明英仁『「アイヌ風俗画」の研究-近世北海道におけるアイヌと美術』中西出版 2011年 173p(※2)同 190p(※3)春木晶子「早坂文嶺筆『蝦夷島奇観』写本について」北海道開拓記念館研究紀要第41号 2013年 275p