「隣人の描きかた」
〇作品名 「自画自賛」
〇作者 伝 加賀伝蔵(1804~1874)
〇大きさ 110cm×31cm
〇素材 紙本彩色
〇制作年 不明
〇所蔵先 別海町郷土資料館附属加賀家文書館
黄ばんだ掛け軸に素朴なタッチで二名の人物が対面している様が描かれている。髷を結い羽織を着た奥の男性は手を組みこちらを向き、微笑んでいるようにも見える。背後には本や鉢植えがある。手前の人物は丸っこくかわいらしい背中をこちらに向けている。髪は蓬髪、髭も生えている。着流しで腰には小刀のようなものがある。手前の人物の膝の前には漆塗りの器が置かれている。
この絵を描いたとされる加賀伝蔵は場所請負人の商人の元で代々働いた家系の三代目で、通詞(通訳)として活躍し、場所の運営記録や、アイヌに対する通達などを含む「加賀家文書」のうち大部分を書き残した。これは北海道東部方言の記録としても貴重なものだ(※1)。後年は業績が認められ「大通詞」の称号を与えられたという(※2)。アイヌへの通達やアイヌからの申し出を通訳するほか、ウイマム(産物を献上し、品物が下賜される)の準備をしアイヌとともに松前や函館へ出向いていたことも記録が残っている(※3)。
この絵は加賀伝蔵が自ら描いたものではなく、別のもっと絵のうまい人物が描いたのだともいう(※4)。伝蔵の他の絵と見比べるとタッチが違っているように見え、その可能性は十分あると思う。
賛には「葉沙中(ゑぞちゅう)を下たに 指揮役(しきゑ)の 大通詞(おふつうじ) 人も見揚る(あくる) かもい伝蔵」とある(※5)。「かもい」はアイヌ語のカムイ(=神)だろうから、意味としては「アイヌを指揮下に従えた大通詞、誰もが感心する伝蔵大明神」というようなところか。超・自画自賛である。伝蔵の人となりは分からないが、本気で自らこのような賛を書くとは思えない。伝蔵が書いたにしても冗談めいたものだったのではないか。
手前の人物はアイヌであろう。そのそばにある杯(トゥキ)は本州から交易でアイヌが手に入れていたもので、代表的なアイヌの宝物だ。描かれているように椀と台、イクパスイという匙のようなものの三点で一組であり、儀式の際に使うものである。だから伝蔵と話しているそばに置かれているのは不自然だ。ただ、もし伝蔵を神として見立てているのなら説明はつく。
この絵はいったいどういう絵なのか?私が知り得る伝蔵に関する記述からは、これ以上の説明は難しい。通訳という仕事柄、和人とアイヌの双方から信頼されていなければ、なかなか大通詞と呼ばれるまでには至らないのではないかと想像はできる。一方で、通訳の立場を利用して横暴を働いた者の話も多く伝わっている(※6)。構図からして伝蔵の方が立場や地位が上のように見えるし、事実そうだったのだろう。この絵から友好的な雰囲気を感じたとして、それは全くの作り物なのだろうか。
(※1)深澤美香「加賀家文書のアイヌ語資料と加賀伝蔵」千葉大学大学院人文社会科学研究科研究プロジェクト報告集 アイヌ語の文献学的研究(1)所収 千葉大学大学院人文社会科学研究科 2014年 21p(※2)「加賀家文書館展示解説 改訂新版」別海町郷土資料館 2014年 25p(※3)同 21p(※4)私が別海町郷土資料館附属加賀家文書館で学芸員さんから直接聞いた話による。賛の内容からしても、この説は説得力が感じられた。(※5)別海町郷土資料館附属加賀家文書館の展示資料より(※6)新谷行「アイヌ民族抵抗史」河出書房新社 2015年 117p など